困った時の神頼み

◆個別指導の学習空間 新琴似教室・あいの里教室の関根です◆

困った時の神頼みとはよく言いますが、
私はあまり信心深い方ではないので、
なるべく神頼みはしないよう心掛けています。

天下無双の剣豪として知られる宮本武蔵は、
「独行道」という自身の生き方を記した掛軸に
次のような言葉を残しています。

「仏神を尊し、仏神に恃(たの)まず」

神や仏は尊く敬うものではあるが、その力に頼るものではない
というような意味です。

宮本武蔵の名を一躍世に知らしめた戦いに
「一乗寺下がり松の決斗」というものがあります。
諸説あるようですが大まかにご説明すると・・・

まだ無名だった武蔵は名を上げるために、
京都にある足利将軍家の剣術指南役を務めた
剣の名門・吉岡家に道場破りに行きました。
狙いはただ一人、当主・吉岡清十郎。
しかし田舎者の武蔵が当然まともに相手をしてもらえる訳がありません。
吉岡の門弟達は武蔵の待つ部屋へ闇討ちを仕掛けようとしました。
しかしそれを読んでいた武蔵はもうそこに居ませんでした。
コケにされた吉岡・・・
ここから武蔵と吉岡の因縁が始まります。

武蔵は改めて吉岡清十郎に仕合(決闘)を申込み、吉岡はこれを受けます。
洛北・蓮台寺野にて、武蔵は清十郎を一刀のもとに叩き伏せてしまいます。

次に、兄の仇を討つべく舎弟の伝七郎が蓮華王院三十三間堂にて決闘します。
しかしこれも圧倒的な武蔵の強さの前に呆気無く散ります。

兄、弟と相ついで敗れた吉岡……武蔵許すまじ!
吉岡は再度仕合を申し込みますが、その条件が酷いものでした。

吉岡は清十郎や伝七郎の叔父にあたる一族の長老・壬生源左衛門の子、
源次郎を名目人(大将)として立てることにしました。
しかし源次郎はまだ11才の少年ということもあり、
介添い人として何名か付けることを要求します。

その数なんと73人!!

吉岡一門総出で武蔵を潰そうとしたのです。
武蔵はこの勝負を受けます。
人数こそは知らされていませんが、
相当な数が来るであろうことは覚悟していました。

武蔵は決戦の舞台となる一乗寺下がり松へ向かう道中、
「八大神社」という神社の前で足を止めました。
社殿で思わず手を合わせようとしましたが、
ハッと我に返り思い止まります。
その心境はまさに「困った時の神頼み」だったはずでしょうが、
「今まで神仏などにすがることなく生きてきたにもかかわらず、
それに頼ろうとする自分の弱さに問題がある。」
と悟り、戦いの勝利を祈ることなく戦場へと向かいます。

この時の武蔵の悟りこそ「仏神を尊し、仏神に恃まず」です。

皆さんはいかがでしょうか?
テストの前だけ神頼みをしたりしていませんか?
まずは自分に出来る最善の行動をとってみてはいかがでしょうか。

札幌の塾なら個別指導の学習空間

SNSでもご購読できます。

まずは1週間の無料体験学習をお試しください

コメントを残す

*

CAPTCHA